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住宅/建築の内部をつくることから(3)|鈴木了二+今村創平

2006年2月16日、JUNKU堂書店池袋本店、4Fカフェ
『建築家の条件』
9 鈴木了二『建築家の住宅論』
『建築零年』
10 鈴木了二『建築零年』
『July2001〜May2004  EXPERIENCE IN MATERIAL  NO.47 Project Konpira』
11 鈴木了二
『July2001〜May2004 
EXPERIENCE IN MATERIAL
NO.47 Project Konpira』
編集出版組織体・アセテート

「零」の感触/アーレントの時間概念
今村──美的判断のお話を伺っていて、ご著書の『建築家の住宅論』(鹿島出版会、2001)(画像9)の中で、住宅論のはずなのに、冒頭オペラから始まって、音楽についてのお話が延々と続くのを思い出しました(笑)。
お書きになったものを拝読していると、鈴木さんのアーレントへの関心は大きくは二つであるように思います。ひとつは「美的判断」や「新鮮さ」について。もうひとつは、アーレントの「時間は連続するものではない」という考え方についてです。著書の『建築零年』(画像10)の「零」の感覚とアーレントの時間の捉え方には関係がありそうです。この二つのアーレントへのご関心の繋がり方についてお聞きしたいのですが、いかがでしょうか。

鈴木──『建築零年』は2001年12月、小津安二郎の命日に出しました。零の感触とは何か、ということを書こうとしていました。零の持つ拡がりを書きたかった。2001年5月頃執筆していたのですが、その年の9月に9.11がおこり、この事件が零を見事に体現してしまった。あの後だったら僕は書けなくなってしまっただろうと思います。ですから、先に書いておいてよかったし、あの事件の後だと印象が強烈すぎて肝心のところが見えなくなってしまったと思います。あの事件が零をいっぺんに陳腐化した、とも言えるのです。
またつい最近、『室内』2月号にアーレントの時間について少しだけ書きました。アーレントの現在の捉え方はたいへん独創的です。現在は過去から未来につながる中間点ではなく、切断面、ギャップだと言っています。『過去と未来のあいだ』(みすず書房、1994)では、カフカの寓話を引用し、現在にあたる男が、常に未来からも過去からも引っぱられ、ひきさかれる状態をイメージしています。ギャップというのは空間的な捉え方です。「空隙」ということですから。一方、ベンヤミンによると、現在は一瞬蘇る過去であるということになる。常に一瞬というものに賭けているのがベンヤミンですね。歴史の折り返し地点のまさに点の上にベンヤミンがいて、折り返した先に拡がっている真空のような世界にアーレントがいると思います。
アーレントはカフカを敬愛しているのだけれど、過去と未来にひっぱられる男の寓話については、過去と未来が一線上にあるところがカフカの欠点だとも言っています。アーレントはそこに斜めのベクトルを持ち込み、平行四辺形ができるのだと言っています。時間概念のなかに、こじ開けるように空間概念としての空きを持ち込んでいる。『建築零年』の零には、過去と未来の間の空けの中で何が成立するのか、という意識があったかもしれません。「新鮮さ」についてもっと具体的に言うと、その空けで生起することの新鮮さと言っていいでしょう。
僕の一番新しいドローイング集『July2001—May2004 EXPERIENCE IN MATERIAL NO.47 Project Konpira』のなかでも初めに時間についてのアーレントの言葉を引用しています(画像11)。

建築の力、闇の力
今村──あっという間に残り時間が少なくなってしまいました。最後にひとつだけ伺いたいと思います。ヴェネツィア派のテッツィアーノは光の画家と呼ばれ、輪郭を描きません。ミケランジェロやダ・ヴィンチからみるとデッサンが下手ということになるのですが、彼こそが後の印象派を準備したと言える。鈴木さんは「闇の印象派」「黒の印象派」と名づけられた、一連の作品を制作されています。今日もそのなかの1枚を持ってきていただきました(画像12)。建築家は普通輪郭線を描きます。断面図や立面図を線で描き、それをもって空間を描いたという気になっている。鈴木さんのこの絵ではそうした慣習を避けているわけですが、それはどのようなお考えに基づくものなのでしょうか。

鈴木了二『物質試行46』
12 鈴木了二《物質試行46》

鈴木──印象派は、19世紀の終りに風景と光を発見しました。室内が宗教画や静物画をもはや実現することのできない、気の抜けたブルジョワジーの小宇宙になった時、つまり内部が矮小化されてしまった時、彼らは室外に出ていき、それまでとはまったく異なる世界の眩しい光を浴びるように感じたのだと思います。しかし、現在ではもう一回それが反転しているのではないか、という気持がこの絵にはあります。
建築の持つ力とは何だろうと考えると、まず動かないことがあると思います。それとは異なるもうひとつの能力が闇を閉じ込める力です。それは彫刻も文学も音楽でも無理なことです。にもかかわらず、現代では闇が建築から追放されているのではないか。隅々まで明かるみに晒そうとしているかのようです。だからこそ僕は闇を描きたいと思いました。でも闇の色を出すのは難しい。黒のインクの上にほかの鮮やかな色をのせていっても濁らない唯一の方法なので、僕はリトグラフで制作することにしました。「Fly Me to the Moon」というシリーズで《物質試行46》にあたります。輪郭線はないが、それでも建築の構造があるかもしれない、と見えるでしょう。ノルウェーの画家であるムンクはフランスの印象派と同時代ですが、なぜか夜ばかり描きました。だから「夜の印象派」です。そこで僕は「闇の印象派」って言っているんですけどね(笑)。

[2006年2月16日、JUNKU堂書店池袋本店、4Fカフェにて]

[鈴木了二]
1944年東京生まれ。建築家。1968年早稲田大学理工学部建築学科卒業。竹中工務店、槇総合計画事務所を経て、1977年早稲田大学大学院修了後、fromnow建築計画事務所を設立。1983年鈴木了二建築計画事務所に改称。現在、早稲田大学教授。1977年「物質試行37 佐木島プロジェクト」で日本建築学賞作品賞を受賞。また2005年、「物質試行47 金刀比羅宮プロジェクト」が第18回村野藤吾賞に輝く。美術家とのコラボレーションや映画の制作も行なう。ICC企画展「バベルの図書館」において《物質試行39 Bibiloteca》(1988)、16mmフィルム《物質試行35 空地・空洞・空隙》(1992)。主な著書に『建築零年』(2001)や『非建築的考察』(1998)などがある。

[今村創平]
1966年生まれ。建築家、ブリティッシュ・コロンビア大学大学院、京都造形芸術大学、工学院大学、東京理科大、桑沢デザイン研究所、それぞれ非常勤講師。早稲田大学卒業、1990-92年AAスクールに学び、長谷川逸子・建築計画工房にて勤務の後、2002年- アトリエ・イマム一級建築士事務所代表。03年から、プロスペクター・アソシエーション共同主宰(http://park16.wakwak.com/~prospector/)。共著として『Tokyo from Vancouver』、『現代住居コンセプション』などがある。

CONTENTS
House & Atelier Bow-Wow
FIELD WORK
Photo Archives|五十嵐太郎
of photography|山岸剛
写真構成|新良太
地下設計製図資料集成
Fieldwork Tokyo
東京グラウンド
REVIEW
BOOK REVIEW|八束はじめ
海外出版書評|今村創平
海外出版書評|大島哲蔵
10+1 REVIEW
オープンハウス情報
TOPICS
PROJECT
Project in Progress|青木淳
Dialogue: 美術館建築研究
現代美術館研究
10+1ML

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