深遠なる構造

今村創平
Structure as Space

Jurg Conzett, Structure as Space, ed. Mohsen mostafavi, AA Publication, 2004.

『a+u』臨時増刊 セシル・バルモンド

『a+u』臨時増刊 セシル・バルモンド、新建築社、2006

Kenneth Powell

Kenneth Powell, Richard Rogers Complete Works Volume 3, Phaidon, 2006.

この連載でもたびたび言及しているように、大胆な造形というものがこのところの建築の世界的な潮流となっており、それがあらたな可能性を示していることは確かだが、一方でそれにはどうもついていけないという人も多いだろう。建築とは、もっと静かなものであってよく、そこにたたずむ人に深い満足をもたらすものではないか。
大胆な造形を支えているのが昨今の構造家の活躍にあるとすれば、控えめな建築はともすれば凡庸で保守的な構造的技術で足りると一般的には認識されているかもしれない。しかし、今回紹介するスイスの構造家ユルグ・コンツェットは、シンプルな形態や静謐な空間を、創造的な構造的発想によって、文字通りサポートしている。
ユルグ・コンツェットは、ローザンヌのEPFとチューリッヒのETHで学んだあと、ピーター・ズントーのオフィスで6年間働く。その後独立し、多くのスイスの建築家とのコラボレーションによる建築や、単独で行なっている橋梁などの設計を手がけている。そうした彼の作品はこれまであまり広く知られていなかったし、はっきり言って日本では無名といって差し支えないと思われるが★1、今回一冊の本『Structure as Space: Engineering and Architecture in the Works of Jurg Conzett and His Partners』 としてまとめられたことは、とても喜ばしいことだ。
編集を手がけたのは、元AAスクール学長のモーセン・モスタファヴィであり、四年前に彼が手がけ大きな評判となったスイスの建築家ペーター・メルクリの美しい本『Approximation The Architecture of Peter Markli』と同じ版型を持つ★2。ペーター・メルクリの作風に強く惹かれる人は多いだろうが、コンツェットは、メルクリとの協働はしていないようだが、そうしたスイス建築家とコラボレーションをしている構造家といえば、俄然興味も沸くのではないか。メルクリの本同様大判の誌面をもち、文字と写真等が、少し柔らかい厚口の紙の上にグレーのトーンで端正に配されている様は、それがまずはこの構造家の感性を示してくれるような心地よい感覚をもたらす。一方、一見きわめてシンプルに見られる形態も、実は内部にテンション材を通すなど、実際にはハイブリッドの構造形式が採用されている。素朴に見えながらも、決してナイーブではなく、そこにはきわめて知的な手続きが隠されているのである。

a+u』(臨時増刊 セシル・バルモンド)は、このところもっとも注目を浴びている構造家セシル・バルモンドの活動をまとめたものだ。セシル・バルモンドについては、これまでにもいくつか著作が翻訳されるなどすでに広く知られているだろうが、今回の本で新しいのは、AGU(Advanced Geometry Unit: 先端幾何学ユニット)と名づけられた、他領域の人と協働で行なっている研究の成果が紹介されていることと、「バタシー発電所再開発計画」が多くのページを割いて紹介されていることであろう。これらの、また新しい側面を知ることによって、この独創的な構造家の活動の広がりを知ることができるであろう。セシルもまた、昨今の多様な造形活動に大きく加担していることは確かであるが、しかしそれは驚きをともなう造形の実現が目的ではなく、ある通底する思考というものがあることは決して見逃してはならない★3。

Richard Rogers Complete Works Volume 3』 は、イギリスの建築家リチャード・ロジャースの3冊目の完全作品集であり、1993年から現在までのプロジェクトが集められている。数十年前、ノーマン・フォスターやレンゾ・ピアノとともに、ハイテク建築として、大きなインパクトをともなって現われたロジャースであるが、与えられた条件に適切な解を与えるために採用された斬新な造形は、構造や設備を露出することがスタイルとして認知された。その後、ますます活躍のスケールが広がるロジャースであるが、それが今でもソリューションとしての造形となっているのか、それともこのところの潮流に乗るかのように、デモンストレーションとしての側面が強くなっているのかは、検証が必要であろう。また、今回の構造に関わる本を取り上げるとテーマからは少し外れるのだが、この作品集ではロジャースが90年代以降どれほど政治的シーンに関わってきたのかに関する詳細なテキストが含まれている。ロンドンおよびバルセロナ市長のアドヴァイザーを勤めるロジャースは、新しい都市のあり方に関する提言を積極的に行なっている。そうした彼の取り組みは、建築家として深く都市にかかわるひとつのモデルとして、参照できるのではないだろうか。

★1──おそらく彼の作品で初期に広く日本で紹介されたのは、マルセル・メイリ《ムラウの歩道橋》であろう(『a+u』1996年6月号、『SD』1997年2月号掲載)。その後、かつての師ピーター・ズントーとのコラボレーション《ハノーヴァー国際博覧会2000スイス館》を完成(『a+u』2000年9月号)。最近の紹介では、《ヴォルプ駅》(『a+u』2004年11月号)、《トラヴェルジネルトベルにかかる橋》(『ディーテイル・ジャパン』2006年4月号)などを目にして、印象を受けている読者もいるかもしれない。ついでながら、『ディーテイル・ジャパン』2006年4月号は「建築家と構造家のコラボレーション」という特集を組んでおり、今回紹介しているセシル・バルモンドへのインタヴューなどが収録されている。
★2──この連載「住宅の平面は自由か? https://www.10plus1.jp/archives/2003/02/10163717.html」参照のこと。恐らく、メルクリの作品集と、今回のコンツェットの作品集は、シリーズものとして構想されたのであろうが、残念ながら今回の本がモーセンのAAスクールにおける最後の書籍となった。
★3──セシル・バルモンドのこれまでの著作については、この連載「新しい形を『支える』ための理論 https://www.10plus1.jp/archives/2003/06/10163514.html」参照のこと。
今回のタイトル「深遠なる構造」は、『a+u』(臨時増刊 セシル・バルモンド)のセシル本人による巻頭論考「ディープ・ストラクチュア」によっている。

[いまむら そうへい・建築家]


200611

連載 海外出版書評|今村創平

今となっては、建築写真が存在しないということはちょっと想像しにくい西洋建築史における後衛としてのイギリス建築の困難とユニークさ独特の相貌(プロファイル)をもつ建築リーダーとアンソロジー──集められたテキストを通読する楽しみ建築家の人生と心理学膨張する都市、機能的な都市、デザインされた都市技術的側面から建築の発展を検証する試み移動手段と建築空間の融合について空に浮かんだ都市──ヨナ・フリードマンラーニング・フロム・ドバイ硬い地形の上に建物を据えるということ/アダプタブルな建築瑞々しい建築思考モダニズムとブルジョワの夢セオリーがとても魅力的であった季節があって、それらを再読するということレムにとって本とはなにかエピソード──オランダより意欲的な出版社がまたひとつ建築(家)を探して/ルイス・カーン光によって形を与えられた静寂西洋建築史になぜ惹かれるのか世代を超えた共感、読解により可能なゆるやかな継承祝祭の場における、都市というシリアスな対象日本に対する外部からの視線深遠なる構造素材と装飾があらたに切り開く地平アンチ・ステートメントの時代なのだろうか?このところの建築と言葉の関係はどうなっているのだろうかドイツの感受性、自然から建築へのメタモルフォーシスリテラル、まさにそのままということを巡る問いかけもっと、ずっと、極端にも遠い地平へ強大な建造物や有名な建築家とは、どのように機能するものなのか素顔のアドルフ・ロースを探して住宅をめぐるさまざまな試み手で描くということ──建築家とドローインググローバル・ネットワーク時代の建築教育グローバル・アイデア・プラットフォームとしてのヴォリューム等身大のリベスキンド建築メディアの再構成曲げられた空間における精神分析変化し続ける浮遊都市の構築のためにカーンの静かなしかし強い言葉世界一の建築イヴェントは新しい潮流を認知したのか建築の枠組みそのものを更新する試みコンピュータは、ついに、文化的段階に到達した住居という悦びアーキラボという実験建築を知的に考えることハード・コアな探求者によるパブリックな場の生成コーリン・ロウはいつも遅れて読まれる繊細さと雄大さの生み出す崇高なるランドスケープ中国の活況を伝える建築雑誌パリで建築図書を買う楽しみじょうずなレムのつかまえ方美術と建築、美術と戦争奔放な形態言語の開発に見る戸惑いと希望建築と幾何学/書物横断シー・ジェイ・リム/批評家再読ミース・ファン・デル・ローエを知っていますか?[2]ミース・ファン・デル・ローエを知っていますか?[1]追悼セドリック・プライス──聖なる酔っ払いの伝説ハンス・イベリングによるオランダ案内建築理論はすなわち建築文化なのか、などと難しいことに思いをめぐらせながら「何よりも書き続けること。考え続けること。」建築を教えながら考えるレムの原点・チュミの原点新しい形を「支える」ための理論シンプル・イングランドヘイダックの思想は深く、静かに、永遠にH&deMを読む住宅の平面は自由か?ディテールについてうまく考えるオランダ人はいつもやりたい放題というわけではないラディカル・カップルズ秋の夜長とモダニズム家具デザインのお薦め本──ジャン・プルーヴェ、アルネ・ヤコブセン、ハンス・ウェグナー、ポールケアホルム知られざるしかし重要な建築家
このエントリーをはてなブックマークに追加
ページTOPヘ戻る