アーキニアリング──工学技術の再統合へ向かう一歩

大野博史

建築会館で行なわれていたアーキニアリング展に行ってきた。この展覧会に足を運んだのは二度目になる。
一度目はオープンニングのとき。早めにいって展示物を見ようと思ったのだが、とにかく膨大な展示物のためすべてを見きれなかった。それとオープニングの祝祭的な雰囲気もあって、落ち着いて読み込む事ができなかった。とはいっても日々の仕事に追われていると、そういった展覧会から足が遠のいてしまうものだ。オープンニングに行ったのであれば、見たことにしてしまうこともあるのだが......。アーキニアリング展の場合、どうもそうはいかなかった。

会場風景
会場風景
©石塚安重

物語る建築模型
10月17日から28日まで東京、三田の建築会館で開催されたアーキニアリング・デザイン展2008は、副題「テクノロジーと建築デザインの融合・進化」とあるように、アーキテクチャー(Architecture)とエンジニアリング(Engineering)を合成した造語アーキニアリング(Archi-neering)をタイトルに掲げた展覧会である。中庭を挟んで二つの会場には100を超える膨大な数の模型が8つのテーマごとに並べられている。「歴史の歩み」に始まり「20世紀の建築と技術」「イメージとテクノロジーの交差点」「空間構造の諸相」「対震と高さへの挑戦」「身近なAND 住まいのAND」「都市・環境のAND」そして「軽量構造」。それぞれのテーマごとに代表的な作品を取り上げ、その技術的特徴が模型によって表現されている。それらの模型には完成した建物を表現している通常のものから、配筋を表わした模型、建て方の手順を説明する模型、地震時の挙動を示すように振動台にのせられた模型、力学的な特徴のみを表わした模型など、とにかく多種な模型が並べられている。なかには触って動かしてみることでその特徴がわかる模型もあり、来場者は模型の前で、彫刻家が作品をあらゆる角度から見回すように振る舞うことになる。例えば、ハギア・ソフィアのドームはお碗でつくられている。中央のドームをひとつのお椀とし、ペンデンティブを介して十字に広がる空間を半分に割れた4つのお椀によって表現し支持することで、ドーム下部に働く水平スラストを半円ドームの連続によって地上に伝えるという、イスラム建築の力学的特徴を十分に伝えてくれる。ただ、お椀の場合は円周方向に張力が働いているため水平スラストが働かず自立してしまうので、ドームのお椀は縦に数分割したほうがより正確なモデルになっただろう。
よく見ればわかる事なのだが、それらの模型は完成度を求めてつくられたというよりもスタディの段階にあるような出来映えで、精度よりも構造的原理、技術的解法を表現するためにつくられている。その製作過程を想像することでより身近に作品を感じさせてくれる模型群であった。建築の模型でおこる問題は実際の現場でもおこる。模型で座屈する柱は、現実でも応力集中している柱だし、精度のでない模型は建て方で苦労する。意匠模型が外観や空間・イメージを表現するのに対し、構造模型は力の流れを表わし、建築の幾何学を表現し、建て方の手順を説明してくれる。完成した過去の建築の構造模型をつくることは、時代を超えて、製作の現場に携わる事と同じであるといってもよい。数少ない資料から、昔のエンジニアの意識に触れるような模型づくりではなかったかと思わせてくれる。そんな事を考えながら古代から現代までの建築模型を見て回るのは楽しい。

ハギア・ソフィア大聖堂、模型
ハギア・ソフィア大聖堂、模型

「建築と構造」から「建築と環境」へ
イメージの投影としての模型を排した、大量の模型の前で、来訪者はなにを思ったのだろうか。建築の現実を目の当たりにして、呆然としただろうか、それとも建築の奥深さを知り、勇気が湧いただろうか。建築家、歴史家に語られることの少なかった、技術的側面の翻訳により、新鮮な驚きを持っただろうか。そうであってほしい。建築の制度が改変されるなか、教育機関のカリキュラムも変更されていくと聞く。専門的に分化された建築の教育現場ではそれぞれの科目を横断する視点を養える授業の創設は難しいだろう。そうした視点の獲得は、学生個人の能力によるのかもしれない。ただ、本展のように建築を別の側面から見ることができればその視座を得るのはさほど難しいことではないように思う。
建築(Architecture)という言語には本来、それを構築する工学技術の意味も含まれているので、エンジニアリングを合成するのは矛盾している。しかし、現在の建築周辺の工学技術は高度に専門化され細分化され分業化されており、それらを再度統合することがこれからの建築に求められているという意味でも、この造語で挑もうとする気持ちは伝わってくる。ただひとつ言えることは、「テクノロジーと建築デザインの融合・進化」といいつつ、その実態は建築と構造技術との融合を展示するにとどまっていることである。建築の空間性、構築性を成立させている構造技術との融合を示すには模型が最適であり、その展示としては心に残るものであった。また構造技術との融合は不可欠であることもよくわかる。ただ、今後の建築をとりまく状況を考えたときに「アーキニアリング」として注目すべきなのは、構造だけではなく、建築と環境(設備)とがどのように融合していくのかという問いではないだろうか。建築の環境を成立させている技術とその進歩を考えたときに、もっとも適する表現方法はなにかと考えるとそれは模型ではないかもしれない。アーキニアリング・デザイン展が次なる一歩を踏み出すことを期待しつつ、日々の仕事に戻ることとしよう。

会場風景
会場風景
©石塚安重

アーキニアリング・デザイン展2008
会期:2008年10月17日(金)〜28日(火)
主催:日本建築学会(AIJ)、アーキニアリング・デザイン展実行委員会
共催:日本建築構造技術者協会(JSCA)
会場:建築会館
URL:http://news-sv.aij.jp/and2008/

[おおの ひろふみ・構造家/オーノJAPAN主宰]
1974年大分県生まれ。構造家。
作品=《NEアパートメント》(設計:中永勇司、高木昭良)、《BUILDING K》(設計:藤村龍至)ほか
http://www.ohno-japan.com/


200811


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