アートの現場から[2]
Dialogue:美術館建築研究[4]

Dialogue[1][2][3]
   奈良美智
 +
 青木淳                       
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青森美術館
▲図38
▲図39
▲図46
▲図47
 

青木──これが青森の美術館[図38]なんです。隣が三内丸山という縄文の遺跡でなかなかかっこいいんですよ。ああ、ご存じですよね。奈良さんは青森の方だから。
奈良──ええ、僕も一回初期の段階で見に行きました。
青木──土を掘ったランドスケープってすごい迫力あるでしょう。美術館つくる時に、もちろん白い箱は使いやすいっていうのはわかっているんだけど、それだけじゃなくて、そこに行かないとない空間——例えば随分地下まで降りたことがあるんだけど大谷石を採掘した所とか、パリに、ローマ時代の遺跡でできているクリュニ—という美術館がありますね。あんな場所もいいんじゃないか、と。
奈良──大谷の採石場跡は怖いところですが、創造力をかきたてられる場所ですよね。
青木──最近の美術館は全部ホワイトキューブが無難でよいとされていますよね。もちろんそれは僕も納得している。でも、作家が展覧会をやろうとするとき、場所が同じようなホワイトキューブの空間だとすれば、青森より東京でやるだろうと思う。わざわざ青森に行ってやってみようということはない。だから、今度の美術館は、青森に来ないと行けない空間があった方がいいと。でも、その独特の空間は、僕がそういう空間が好きだとかじゃなくて、たまたま三内丸山という縄文の遺跡がそこにあって、だからそれを利用するという風にして、僕は消えた方がいいと思ったわけです。だから美術館は、地面を凸凹に切って[図39]、その上から今度は上が平らで、下が凸凹しているものを被せる。被せると上と下の間に隙間ができ、もちろん、被せたものの中にも空間ができる。被せたものの中はホワイトキューブとしてつくり、外側は隙間の空間として使う。どちらも展示室。こういう案だったわけです。平面はそれからだいぶ変わって、今は大体こんな感じです[図40-43]

▲図40 ▲図41
▲図42 ▲図43

全部四角い部屋になったんですけど。こうやって行くと白い部屋から土の部屋に出たり入ったりするわけで、先ほど奈良さんは連続性のことを言われましたが、この場合にはそれが交互に変わっていったり、斜めに行けば白から白へという感じもある。平面型を描くと市松模様みたいな展示室の構成になります。ここは部屋によって間仕切り壁をつくらず、また壁を頻繁に立てるのも難しいので、小さめの部屋を配置したいと考えました。図面[図44-45]は、僕たちが見てもすぐには、わからないんですが。

▲図44 ▲図45

奈良──僕もこれ見たんですけど分からなかった。
青木──恐らく誰もわからないでしよう(笑)。
奈良──でも、噛み合わせの悪い歯なんだと思ったら結構わかりやすい。
青木──そう。噛み合わせの悪い歯ですね。ここアレコっていう大きな絵があるんで、そこが一番大きいところになっています。高さが20m位あります。噛み合わせが悪「ので、隙間が横に長かったり、縦に長かったり、いろんな形が出現します。土は、ホントの土を削ってつくったら地下水が入ってきますから、そうはもちろんできません。コンクリートの外壁のなかに土を築くわけです。横浜の奈良さんの展覧会で一番最後の展示室の床は、結構黒かったでしょう。土の床というのは、あんな感じです。横浜トリエンナーレの赤煉瓦の床もコンクリートだけど、使いこんで、土のいい表情になっていました。ホワイトキューブの方は床はコンクリートで、こっちはもう少し白っぽい。
奈良──ここが斜面になっているんですか。
青木──ええ、一部、そういうところもあります。
奈良──これは壁と壁の間に隙間があるということですか。
青木──そうです。
奈良──すばらしいと思います。
青木──ホワイトキューブというのは絶対バックヤードがいる。それをできる限りどのホワイトキューブでもまわりにとった方がいいのではないか、と。
奈良──そうなんですよ。
青木──でないと、何かやろうと思っても、この後ろに人が入れないと使いにくい。だから部屋が狭くなっても、人が入れるくらいのスペースを裏側に用意しました。
奈良──もしこれがなかったら、僕は言おうと思ってた事なんですよ。
青木──もちろん無い部屋もありますよ。小さい部屋の場合とか。
奈良──グループ展とかで僕自身は展示をすごく早く終わっちゃうんですね。それで知人や作業の遅れてる人を手伝うんですが、壁にビデオとかオブジェを取り付けたり電気コードを配線するときも、海外の美術館はほとんどバックヤードがあってとても作業しやすいし展示もきれいになるんですよ。
青木──それは知らなかった。
奈良──展示する側の理想として、バックヤードがあるとないとかに関わらず、こういう展示がしたいというのがあって、壁をつくったりするわけですよね。ところがバックヤードがあると壁をつくらなくてすむわけですよ。これはホント楽なんですよ。
青木──楽というか、それをしないと結局、毎回仮設の壁を立ててやるということしかできないですものね。ホワイトキューブの部屋というのは、いろんなことができるというのがいいところですから。土のところはどう思います?
奈良──いいなと思ったのは、これが全部土で統一されていたなら、多分それはまた使いにくいものになっただろうけれども、ホワイトキューブがあり、しかもこういう土のところがあるということで、この空間に合わせて作ることを、ホワイトキューブは拒まないと思うんですよ。例えば大谷石の採掘場のように、あそこで誰も思うのは、ここをどうにかして改造したいとかじゃなくて、場所を見てこういうことがやりたいという発想が生まれてくること。つまり場所の方が勝っている。勝ちすぎているからインスピレーションを与えてくれるんです。
青木──うん、そうであってほしいです。ホワイトキューブひとつに、場所性と非場所性の両方を担わせようとすると、やっぱり中途半端なものになってしまうと思うんです。だから、ここは、はっきりと両方の性格を分けて、両方の個性を残しながら、それらをうまく組み合わせた美術館になったらな、と思っているのですけれど。
奈良──すごい良い美術館になりますね。
青木──あはは(笑)。青森県立美術館は奈良さんの作品をいろいろ収蔵していますね。
奈良──もっと収蔵して欲しい・・・(笑)。
青木──その作品は、常設的に展示されるだろうと思うんですが。
奈良──搬入は?
青木──地下からの搬入なんです。ここにエレベーターがあって[図46]、これがここに出るわけです[図47]。こういう風に出るんです。ここは3mあるんですね。もっとすごく大きなものは、ここにトレンチがあって、ここから直接下ろしちゃうわけ。このエレベーターが搬入する時の導線です。トレンチの方は、幅が7.5m、高さが11m。すごい切り立った絶壁が両方ある。今困っているのは、照明。実際やろうと思っているのは、天井を明るくしてしまおうと。蛍光灯をこういう風に表向きに出しちゃうと、結構嫌う人もいるから、ひっくり返して上向きに天井に全部当てちゃう。そのまま落とすんだけど、そうすると全体に光で覆われて、影が落ちない場所っていうのができる。もちろんひっくり返した背のところにはライティングダクトをおいておけば、スポットもつけられる。ぶっきらぼうに、H鋼を通してその上に並べてしまうという、そういった倉庫じゃないけども、あまり手が込んでないようなものにしたいなと。僕はダウンライトや天井に埋め込まれたライティングダクトが好きじゃないんです。
奈良──それ以外に使い道がないというか、場が限定されちゃうんですよね。
青木──うん。それを見るともう、なんのための部屋かわかっちゃう。なんだかわからないけれど、光が落ちてるなぁというのがよかったんです。それと青森は雪国ですからトップライトはいろいろ問題があるんです。自然光を使わず、その代わりに天井をすごく高くして、少し下に照明をつけて上を向けて当てて自然光のようにできないかなと思う。横浜の背の高い四角い部屋は、自然光でも暗かったですね。
奈良──暗いですね。
青木──自然光の部屋なのに、不思議です。
奈良──遺跡はどこら辺ですか。
青木──この道を挟んだこっち側です。今この道は無いんです、計画道路なんですけど。これを渡れば遺跡なんです。
奈良─——すごく初期の、野球場の観客席が途中までできた頃の計画を見たですけどそれと、遺跡がすごくマッチしているように見えましたね。
青木──そうだったでしょうね。
奈良──あと、遺跡の壁があってガクッと落ちるみたいなところに入ったんですけど、あの場でしか見られない。すごくインスパイヤーされるというか、大谷石の所と似てますね。
青木──ぼくもそれを見て、美術館にそういう空間を持ち込んだらいいんじゃないかと思った。
奈良──アーティスト・イン・レジデンスは?
青木──普通の切り妻のアトリエを3棟つくるんです。なにもない空間です。青森のキュレーターの方が、奈良さんから聞いたと言っていましたが、アトリエが点在しているドイツの美術館を見たらいいんじゃないかと。
奈良──MuseumInselHombroichですかね。あそこは全部自然光でライトが一個も無いんですよ。
青木──いいですね。アトリエとは別に、宿泊できる場所も設計中です。美術館のなかには、木工室や金工室があります。その運営はまだ見えてきていませんけれど、そういう工房的な空間と展示室が背中合わせになっています。間の扉を開ければつながってしまう。入り口は別々ですが、奥はつながることも可能というやりかたですね。
奈良──ホントに仲が良い隣人というのは、家の外よりも窓越し垣根越し、裏庭で繋がるというのと同じですね。
青木──そうですね。あと特徴と言えば、モニュメンタルなエントランス・ホールがないこと。あれは本末転倒ですから。
奈良──僕もMOTとか見るとそう思います。
青木──うん。ロビーはあるんですよ。そうしないと、雪国ですし、いっぺんに人が来たとき機能的に困りますから。ただ、これは部屋のつくりとしては展示室と同じです。直接、展示室に入るという感じです。そこからは、本当の展示室にはエレベータで降りることになります。地下に潜っていって、パッと遺跡の中に入る感じです。美術館は、むしろ、どうやってまわりとつなげるかが重要だと思います。展示室そのものは、室内でもあるし、まわりとだいぶ雰囲気の違う空間になってしまうけれど、そこにどうやって自然に、あ、いつの間にか展示室に入っちゃったと思えるようにするか、そういうまわりとのつながりがないと、創造ということが隔離されている感じになってしまうと思うのです。
奈良──ある意味で、周りを取り囲んでいるものが既にエントランスの役目を果たしている。MuseumInselHombroichも切符売り場があるだけで、野外に点在する展示室に入ったらそこがそのままギャラリーになっている。
青木──そうですか。やっぱり行ってみたほうが良さそうですね。この美術館の場合は、町から離れているので、ここまでの足は車です。駐車場で降りて、美術館まで歩く。だから、その歩く経路が大切。公園を設計している人は、雑草がただ生えているグラウンドを考えています。僕はそれはとてもいい案だと思う。だから、その雑草の生えている広々としたところに、ちょっと集落みたいに、ミュージアムショップの家とか、レストランの家をつくって、それらがなんとなく広場をつくっているような、ばらばらに建っているような、微妙なバランスを与えて、その間を歩く間に、感じが変わってくるようにしようと思いました。でも、駄目だと言われてしまいました。
奈良──ええ。そっちの方が面白そうなのに。
青木──そう思うのですけれどね。
奈良──だって外でも食べれるじゃないですか。
青木──うん、ピクニックができるんですけどね。それから、レストランの家を、普通の内装工事でつくるのではなく、作家の人がなかの空間を作品としてつくって、そこで食事ができるようにする、というのもいいと思うので、そういうことを言ってみたんですが、残念ながら、通りませんね。
奈良──誰が決めることなんですか。
青木──そこが問題なんです。僕は美術館をつくる以上は、少なくとも作家の人—¥作家は皆ある意味でワガママだからどういう人に来てもらうかは別にして——で、空間に関心のある人が美術館を計画する委員の中にいることが必要だと思っているんです。現状はそういう人が入るしくみにはなかなかなってないんですね。
奈良──残念ですね。
青木──うん、でもまだ開館まで時間もあるし、きっと関係している人たちが、少しづつ、そういう方向に動いていくと思います。
奈良──やっぱりね、なんというか、美術館の名前とかじゃないんですよ。僕はいろんな美術館行ったりして、名前とかじゃなくて、やっぱそこの美術館行って、それがちっちゃな街のちっちゃな美術館でも、ここで展示したいって思ったりするんですよ。空間ってホントに大事なんです。
青木──牛込の廃校になった小学校の空間は、そこで何かしてみようと思わせる力がありますものね。いろいろな次元で考えて、きっと、美術館という言葉を使ってしまうのが弊害なのかもしれないと思います。美術館という言葉は、昔の陳列館の延長線上にあるし、そこから抜けきれていない。芸術とかアートという言葉さえ使わない方がいいかもしれない。ギャラリーとかギャラリーズで十分。美術館というのは、施設とその運営活動をセットとして呼んでいる言葉だけど、空間の方を「美術館」から切り離して、ギャラリーと呼ぶことにして、運営活動のことだけを指して、美術館と呼んだらどうだろう。青森の場合なら、青森県立美術館という運営組織があって、そこが青森ギャラリーズを使って、活動する、という言い方。そうなると、もう少し良くなるのではないかな。というのは、もしそうなら、青森県立美術館がそこを使っているのは、その空間が運営にふさわしいと判断したからで、可能性としては、その空間以外にもっといい空間があったら、そちらを使うようになるかもしれないという緊張感があるじゃない。そうなったら、空間の大切さの認識が浸透していくような気もするし。もっとも、現実的な話で言えば、学芸の方がいま大切なところにいると思いますね。空間のことを真剣に考えて、その大切さを美術館組織のなかで認めさせていくというのは、学芸の立場しかないと思うんです。ところが、最近の傾向では、学芸の力が企画という方向に流れている。どういう企画で、どういうタイトルで、どういう作家を呼んで、と、実際にそこでつくるということから離れて行って、頭のなかの世界に閉じこもりつつあるような気がする。空間という現実から離れていっているような気がする。
奈良──カタログのできとかね。
青木──実際の展示空間そのものの方がずっと大切なのにね。
奈良──そういう意味では、僕は水戸に初めて行った時にすごいびっくりしたというか、これはすごく良い空間だと思いました。それと、海外の美術館との連携をとれるというのが素晴らしいと思うんです。大抵の公共の美術館ていうのはできないんですよ、日本国内の巡回展しか。特に現代美術館とかはね。ところが水戸は【ジェフォール展】なんかは世界レベルのツアーのあれで入っていたし。青森もそういう風になるとすごく良いとおもいますね。。世界レベルに考えると、地の利、不利がないですから。東京行くのも青森行くのも変わらないですから。
青木──東京素通りでもいいんですからね。
奈良──そうですね。
青木──じゃあ是非青森で。
奈良──そうですね。もうちょっと頑張って10年後ぐらいに個展でもできたらいいですね。
[2001年12月7日福生奈良美智アトリエにて]